「ブンボーフエ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?ただ「ベトナムの辛い麺」という印象でしょうか。(参考文献:Bún bò Huế “định vị” văn hóa ẩm thực Cố đô||Vietnam National Authority of Tourism (VNAT))
「ベトナム料理のブンボーフエとは一体何なのか?」「どのくらい辛いの?」そんな素朴な疑問から、本場の辛さを自分好みに調整する方法、そして自宅であの複雑な味を再現したいと願う料理好きの方まで。
この記事を読み終える頃には、あなたは単なるブンボーフエ好きから、その奥深さを語れる「ブンボーフエ通」になっているはずです。
ブンボーフエとは?

ブンボーフエ(Bún Bò Huế)という料理名を分解すると、その正体が見えてきます。
「ブン(Bún)」は断面が丸い米粉の麺、「ボー(Bò)」は牛、そして「フエ(Huế)」はベトナム中部に位置する古都の名前です。つまり、「フエ地方の牛肉入り米麺」というのがその名の意味するところです。
そのルーツは、17世紀から20世紀初頭まで続いたベトナム最後の王朝、阮(グエン)朝の宮廷料理にあるとされています。かつての都フエの、洗練された食文化の中で育まれたこの一品は、単なる麺料理ではなく、ベトナムの歴史と誇りが詰まった文化遺産とも言えるでしょう。
では、同じくベトナムを代表する麺料理「フォー」とは何が違うのでしょうか。主な違いは3つです。
- 麺の太さ: フォーが平たい「きしめん状」なのに対し、ブンは丸い「そうめん〜うどん状」で、よりモチモチとした食感が特徴です。
- スープベース: フォーが鶏や牛骨から取る澄んだ優しいスープであるのに対し、ブンボーフエは牛骨と豚足に、強烈な個性を持つ発酵調味料とハーブを加えた、複雑で重層的な味わいです。
- 香草の種類: フォーにはミントやパクチーがよく合いますが、ブンボーフエにはそれに加え、より香りの強いベトナムしそ(ラウラム)などが使われます。
この違いを知るだけでも、ブンボーフエが持つ独特の立ち位置が理解できるはずです。
(参考文献:Bún bò Huế – Wikipedia)
ブンボーフエのスープを支える3つの旨味レイヤー

ブンボーフエの魂は、そのスープにあります。
一見するとただ辛いだけのように感じられるかもしれませんが、その水面下には、計算され尽くした3つの旨味の層(レイヤー)が存在します。
- 第1層:牛骨&豚足の「コク」
スープの土台となるのは、牛骨と豚足を長時間煮込んで抽出した、動物性の深いコクです。ここから溶け出すのは、うま味成分の代表格であるグルタミン酸をはじめとするアミノ酸。これが、スープ全体の味の骨格を形成し、まろやかで後を引く味わいの源泉となります。 - 第2層:マムルックの「深み」
ブンボーフエを唯一無二の存在にしているのが、**マムルック(Mắm ruốc)**と呼ばれる、アミ(小さなエビ)を発酵させたペーストです。これは単なる塩味を加えるだけでなく、発酵過程で生まれた複雑な有機酸と香りが、スープに圧倒的な深みと奥行きを与えます。日本の「塩辛」や秋田の「しょっつる」にも通じる、発酵食品特有の力強い旨味です。 - 第3層:レモングラス&赤唐辛子油の「香り」
最後の仕上げは、鮮烈な香りです。刻んだレモングラスの爽やかな柑橘系の香りが、動物系だしの重厚感を軽やかにし、食欲をそそります。そして、たっぷりの赤唐辛子を油で熱して作る**唐辛子油(サテ・オッ)**が、突き抜けるような辛味と香ばしさを同時に加え、スープ全体を劇的に引き締めるのです。
これら3つの異なる性質を持つ旨味と香りが、丼の中で見事に調和することで、ブンボーフエの「辛いだけじゃない、忘れられない味」が完成するのです。
(参考文献:The Layers of Flavor in Bun Bo Hue|Serious Eats)
ブンボーフエはどれくらい辛い?辛味の科学と体感値

「ブンボーフエ=辛い」というイメージは間違いではありません。では、具体的にどの程度の辛さなのでしょうか。
その辛さの源は、唐辛子油に含まれるカプサイシンです。本場の一般的なブンボーフエの辛さを、唐辛子の辛さを測る国際的な指標「スコヴィル値(SHU)」で推定すると、およそ3,000〜5,000 SHUに相当します。これは、日本の一般的なカレーの「中辛〜辛口」や、タバスコソース(2,500〜5,000 SHU)と同程度です。ただし、これはあくまで目安。お店や家庭によっては、これを遥かに超える激辛のものも存在します。
現地の食堂では、辛さを調整して注文することが可能です。旅行者や辛いものが苦手な方は、以下のフレーズを覚えておくと非常に役立ちます。
ベトナム語 | 日本語訳 | 体感レベルの目安 |
không cay (コム カイ) | 辛くしないで | 辛味なし(唐辛子油抜き) |
ít cay (イッ カイ) | 辛さ控えめ | ピリ辛(日本のカレー中辛未満) |
cay vừa (カイ ヴア) | 普通の辛さ | 本場の標準(日本のカレー辛口〜四川麻婆豆腐程度) |
rất cay (ラッ カイ) | とても辛く | 激辛(日本の激辛ラーメン級) |
最も賢いカスタム術は、「không cay(辛さなし)」で注文し、テーブルに置かれている唐辛子油(サテ・オッ)を自分で後から加える方法です。これにより、スープ本来の旨味をまず味わい、その後、自分の好みに合わせて辛さを「ON」にしていくことができます。これぞ、ブンボーフエを最大限に楽しむための「辛味ON/OFF」術です。
(参考文献:Scoville Scale|Wikipedia, Bun Bo Hue (Spicy Vietnamese Beef Noodle Soup)|RecipeTin Eats)
ブンボーフエのカロリーとヘルシーアレンジ
刺激的な美味しさのブンボーフエですが、カロリーはどのくらいでしょうか。
標準的な一杯(麺180g、具材100g、スープ300ml)を計算すると、およそ530kcal、脂質は15g程度となります。牛骨や豚足、唐辛子油を使っているため、フォー(約310kcal)に比べるとカロリー、脂質ともに高めです。
しかし、食後の血糖値上昇度を示すGI値は、麺が米粉であるためフォーと同等の中GIに分類され、ラーメンなどに比べると比較的穏やかです。
ダイエット中に楽しむなら、ヘルシーアレンジがおすすめです。
- 低脂質版: スープのベースを牛骨から、脂肪の少ない牛赤身肉や鶏ガラに変えます。具材も牛バラ肉ではなく赤身肉や鶏むね肉を選ぶことで、全体のカロリーと脂質を約20%オフにすることが可能です。
- 野菜マシマシ: もやしやキャベツ、きのこ類などの低カロリーな野菜をたっぷり加えることで、麺の量を減らしても満足感を得られます。
(参考文献:Calories in Bun Bo Hue|MyFitnessPal)
具材とトッピングのバリエーション
ブンボーフエの魅力は、スープだけでなく、その多彩な具材にもあります。
- 肉類: 薄切りの牛肉や、柔らかく煮込まれた牛すね肉、そしてコラーゲンたっぷりの豚足(ヨーヘオ)が定番です。これらがスープにさらなる旨味を加えます。
- 血のゼリー(huyết): 現地では、豚の血を固めたプリン状の「huyết(フエッ)」が必ずと言っていいほど入っています。レバーのような食感で、鉄分が豊富。見た目に驚くかもしれませんが、スープとの相性は抜群です。苦手な場合は注文時に抜いてもらうことも可能です。
- ハーブ類: フレッシュなハーブは、ブンボーフエの濃厚な味わいをリフレッシュさせる重要な役割を担います。ミントやタイバジルはもちろん、独特の強い香りを持つ**ラウラム(ベトナムしそ)**は欠かせません。
- 野菜類: シャキシャキのもやしや、特徴的な食感のバナナの花の千切りが、食感のアクセントと辛さの緩和役になります。
これらの具材を、食べる直前に自分で好きなだけトッピングしていくのがベトナム流の楽しみ方です。
(参考文献:Bun bo Hue: Die scharfe Nudelsuppe aus Zentralvietnam|Vietnam Coracle)
家庭で作れる!再現レシピ
あの複雑な味を家庭で再現するのは不可能に思えるかもしれません。しかし、ポイントを押さえれば、本格的な一杯を作ることができます。
(HowTo構造化データ対象)
- スープの土台作り: 大きな寸胴鍋に、下茹でしてアク抜きした牛骨(1kg)と豚足(500g)を入れ、たっぷりの水と、叩き潰したレモングラス5本、玉ねぎ1個を加えて火にかけます。沸騰したら弱火にし、アクを取りながら最低3時間、じっくりと煮込みます。これが全ての旨味のベースになります。
- 香りの核を作る: フライパンに油を熱し、みじん切りにしたニンニクとレモングラスを炒めます。香りが出たら、マムルック(大さじ3)を加えて炒め、さらに赤唐辛子粉(大さじ2)とパプリカパウダーを加えて特製の唐辛子油(サテ)を作ります。
- スープの仕上げ: 3時間煮込んだ①の鍋から骨や野菜を取り除き、スープを漉します。そこに②のサテと、ヌクマム、砂糖を加えて味を整えます。これで、あの深紅のスープが完成です。
- 盛り付け: 丼に、茹でたブン(太めの米麺)を入れ、薄切り牛肉や煮込んだ豚足などの具材を美しく盛り付けます。③の熱々のスープを注ぎ、最後に山盛りの刻みネギや香草をトッピングすれば、自宅がベトナムの食堂に早変わりです。
時短テクニック:
- 圧力鍋を使えば、スープの煮込み時間を1時間程度に短縮できます。
- ブンの麺が手に入らない場合は、市販のフォーの麺や、日本のうどんで代用しても美味しくいただけます。(参考文献:Authentic Bun Bo Hue Recipe (Spicy Vietnamese Beef Noodle Soup)|Hungry Huy)
ブンボーフエの食べ方マナー&現地注文ガイド
ブンボーフエを120%楽しむための、現地の流儀と豆知識をご紹介します。
- ハーブはちぎって混ぜる: 提供された山盛りのハーブは、飾りではありません。手で細かくちぎり、スープと麺にしっかりと混ぜ込むのが正統派の食べ方です。ちぎることでハーブの細胞が壊れ、香りがより一層引き立ちます。
- レモンは先に搾る: 辛さを和らげたい場合は、食べる前にライムやレモンを先に搾りましょう。酸味がカプサイシンの刺激を中和し、味をまろやかにしてくれます。
- フエでは朝食が定番: 古都フエでは、ブンボーフエは昼食や夕食ではなく、朝食の定番メニューです。そのため、現地の人気店は早朝から営業を開始し、昼前にはスープがなくなり閉店してしまうことも珍しくありません。旅行の際は、早起きして訪れることをお勧めします。
(参考文献:How to Eat Bun Bo Hue Like a Pro|Vietnammm)
よくある質問Q&A
質問 | 回答 |
フォーとの栄養的な違いは? | フォーに比べて、ブンボーフエは牛骨や豚足、唐辛子油を使用するため、カロリー、脂質、そして塩分が高い傾向にあります。一方、具材に肉類が多く使われるため、タンパク質はより豊富に摂取できます。 |
辛いのが苦手でも楽しめますか? | はい、楽しめます。 上記の注文ガイドを参考に「không cay(辛さなし)」で注文し、自分で辛さを調整すれば問題ありません。スープ自体の深い旨味を堪能できます。 |
血のゼリー(huyết)は抜けますか? | はい、抜けます。 注文時に「không có huyết(コム コー フエッ)」と言えば、抜いて作ってもらえます。 |
ベトナム国内の有名店は? | フエには「Bún Bò Huế Bà Tuyết」、ホーチミンには「Bún Bò Huế Nam Giao」、ハノイには「Bún Bò Huế O Uông」など、各都市に名店が存在します。訪れる際は、事前にGoogleマップなどで場所を確認しておくのがおすすめです。 |
(参考文献:The Best Bun Bo Hue in Hue|Vietnam Coracle)
まとめ:辛旨 の奥にある芳醇なコクを味わおう
ブンボーフエは、単なる「ベトナムの辛い麺」ではありません。それは、牛と豚の深いコク、発酵エビペーストの複雑な旨味、そしてレモングラスと唐辛子の鮮烈な香りが三位一体となった、まさに「旨辛の芸術品」です。
辛さの正体とその調整術を理解すれば、もう何も怖がることはありません。ブンボーフエは、優しいフォーとは全く異なるベクトルで、あなたの食の体験を豊かにしてくれる、力強くも芳醇な魅力に満ちた一杯です。
この記事で紹介したスープの構造、辛さのカスタマイズ術、そして家庭での再現レシピを活用し、ぜひあなたにとっての理想のブンボーフエを堪能してください。現地で、あるいはご家庭で。その「辛さ」の奥にある、本当の「旨さ」に出会えることを願っています。
(参考文献:Understanding Bun Bo Hue: More Than Just a Spicy Noodle Soup|Saveur)