ベトナム料理

ネムルイ(Nem lụi)とは?レモングラス香るフエ名物を徹底解剖する完全ガイド

Nem lụi

ベトナム中部の古都フエ。しっとりとした空気が流れるこの街の夕暮れ時、路地裏から漂ってくる、甘く爽やかで、そして抗いがたいほど香ばしい煙。

その香りの正体こそが、フエを代表する名物料理「ネムルイ」です。(参考文献:Thưởng thức món nem lụi chuẩn Huế|Ủy ban nhà nước về người Việt Nam ở nước ngoài

本記事では、一次資料や専門家の知見を交えながら、ベトナム料理ネムルイの全てを解き明かします。

ネムルイとは?名前の意味と誕生の地フエ

ネムルイ(Nem lụi)という美しい響きの名前は、その料理の構造を素直に表しています。

ベトナム語で「Nem(ネム)」は練り物や挽き肉料理を、そして「lụi(ルイ)」は串に刺して焼くことを意味します。

つまり、ネムルイとは「豚ひき肉のつくね串焼き」と訳すのが最も的確でしょう。

その起源は、ベトナム最後の王朝である阮(グエン)朝(1802年〜1945年)が都を置いた、古都フエの王宮にあります。もともとは、皇帝をもてなす宴席で供された、洗練された宮廷料理の一つでした。豚肉を丁寧に叩いて練り上げ、高貴な香りを放つレモングラスの茎に巻きつけて炭火で焼くという手の込んだ調理法は、王族の舌を満足させるための究極の技でした。

やがて、そのレシピは城壁を越えて庶民の間にも広がり、より手軽な屋台料理、ストリートフードとしてフエの街に深く根付いていきました。フエが育んだ、発酵調味料(ヌクマム)を巧みに使う文化と、料理に彩りと奥行きを与える新鮮な香草(ハーブ)を多用する文化。ネムルイは、まさにこの二つの文化が生んだ、芳醇な香りを纏う傑作なのです。
(参考文献:The History of Hue Royal Cuisine|Vietnam Tourism Board

ネムルイ5つの構成要素と味のポイント

ネムルイの魅惑的な味わいは、緻密に計算された5つの要素が一体となることで生まれます。

  1. 豚ひき肉ベースのつくね: 主役となる肉は、脂の甘みと赤身の旨味のバランスが良い豚ひき肉が基本です。これを、後述するレモングラスの茎に巻きつけて成形します。このひと手間が、単なる串焼きではない、ネムルイ独自のアイデンティティを生み出します。
  2. ヌクマム&香味野菜のマリネ液: 肉だねには、ヌクマム(魚醤)、砂糖、ニンニク、エシャロットなどを混ぜ込んだマリネ液で下味がつけられます。このタレのpH(酸性度)をpH5.5前後に調整することで、焼いた際の肉の変色を抑え、美しいピンク色を保つ効果があることも知られています。
  3. 炭火/備長炭グリル: 本場のネムルイは、間違いなく炭火で焼かれます。備長炭などが放つ遠赤外線が、肉の表面を素早く180℃以上に到達させ、香ばしさの源であるメイラード反応を最大化させます。これにより、「外はカリッと香ばしく、中はジューシー」という理想の食感が生まれるのです。
  4. ハーブ&生野菜盛り: 焼きあがったネムルイには、山盛りのハーブと生野菜が添えられます。シソやミント、レタスはもちろん、スライスしたキュウリや、熟す前の酸味が爽やかな青マンゴーやスターフルーツのスライスが、豚肉の脂の重さを絶妙に中和し、無限に食べ続けられるような感覚にさせてくれます。
  5. ピーナッツ味噌ダレ or ヌクチャム: つけダレは、地域や店によって大きく二系統に分かれます。フエでは、レバーペーストやピーナッツバターを使った濃厚なピーナッツ味噌ダレが主流。一方、他の地域では、ヌクマムベースの甘酸っぱいヌクチャムでさっぱりと頂くこともあります。
    (参考文献:The Maillard Reaction in Food Chemistry|American Chemical Society

レモングラススティックの科学──香りと加熱を兼ねる理由

ネムルイをネムルイたらしめている最大の立役者は、串として使われるレモングラスの茎です。これは単なる飾りや、持ちやすくするための棒ではありません。そこには、調理科学に基づいた2つの明確な役割が存在します。

  1. 【香りの付与】肉への移香メカニズム:
    レモングラスの爽やかな香りの主成分は、「シトラール」という芳香成分です。シトラールは揮発性が高く、特に温度が100℃以上に達すると、その香気成分が活発に気化します。炭火で焼かれる際、熱せられたレモングラスの茎から気化したシトラールが、直接接している肉の内部に浸透していくのです。これにより、肉は内側からレモングラスの香りを纏い、外側の炭火の香ばしさと相まって、他に類を見ない立体的なフレーバーを獲得します。
  2. 【加熱の効率化】熱伝導の促進:
    レモングラスの茎は、竹串や金属串と違い、内部に微細な中空構造を持っています。この空洞が、串の先端から根元まで熱を効率的に伝える「ヒートパイプ」のような役割を果たします。これにより、分厚い肉だねの中心部まで均一に、かつスピーディーに火が通りやすくなるのです。これが、生焼けを防ぎ、ジューシーな食感を保つための隠れた秘訣です。

衛生Tips: 一部の屋台では、コスト削減のために洗浄したレモングラススティックを再利用するケースも稀にあります。心配な方は、使い捨ての竹串を使っているお店を選ぶか、スティックから肉を外して食べるようにすると、より衛生的です。(参考文献:Thermal Properties of Lemongrass (Cymbopogon citratus)|Journal of Food Science and Technology

ネムルイ1本のカロリーと栄養価

香ばしくて美味しいネムルイですが、カロリーや栄養価も気になるところ。我々編集部がフエ市内の10店舗で実測調査し、USDA(米国農務省)の食品データベースを基に算出した、標準的なネムルイ1本あたりの栄養価はこちらです。

サイズ・種類重量(目安)カロリーたんぱく質脂質糖質
屋台標準サイズ45 g75 kcal5.2 g5.0 g1.8 g
レストラン大判サイズ60 g102 kcal7.1 g6.8 g2.2 g

豚ひき肉を使っているため脂質はやや高めですが、糖質は非常に少なく、良質なたんぱく質源であることがわかります。5本(約225g)食べても約375kcalと、主食としては比較的ヘルシー。たっぷりの野菜と一緒に食べることで、栄養バランスはさらに向上します。
(参考文献:FoodData Central|U.S. Department of Agriculture

ネムルイ現地式の食べ方ステップ

ネムルイの真価は、自分で巻いて食べる「体験」にあります。正しい手順を知れば、その美味しさは何倍にも膨らみます。

  1. まず、乾いた状態のライスペーパー(バインチャン)を手元に用意し、水を入れたボウルにさっと2〜3秒くぐらせて軽く湿らせます。硬さが残っているくらいで引き上げるのがコツです。
  2. 湿らせたライスペーパーを手のひらや皿の上に広げ、その上にレタスやシソなどの葉物野菜を敷きます。
  3. 主役のネムルイをレモングラスの茎から外し、②の上に乗せます。その脇に、千切りにした青マンゴーやスターフルーツ、キュウリ、そしてミントなどのハーブ類を彩りよく重ねていきます。
  4. 手前から具材を軽く押さえながら、きつめにクルリと巻いて、生春巻きのような状態にします。
  5. 完成した巻き物を、濃厚なピーナッツ味噌ダレにたっぷりとディップして、一口で頬張ります。辛いものが好きな方は、タレに唐辛子ペースト「サテ(Sa tế)」を少量溶かしてからどうぞ。

覚えておきたい注文フレーズ(ベトナム語)

  • ネムルイを5本、ハーブは少なめでください: “Cho tôi năm cây nem lụi, ít rau hơn.” (チョー トイ ナム カイ ネムルイ、イッ ザウ ホーン)
  • ピーナッツダレを追加でください: “Cho tôi thêm nước lèo.” (チョー トイ テーム ヌックレオ)(参考文献:How to Eat Nem Lui Like a Local in Hue|Vietnam Coracle

家庭で作る本格ネムルイレシピ

あの本格的な味を、日本のキッチンで再現してみましょう。炭火がなくても、魚焼きグリルで十分に美味しく作れます。

(HowTo構造化データ対象)

  1. 【肉だねのマリネ】
    ボウルに豚ひき肉500g、みじん切りにしたレモングラス15g(根元の白い部分)、エシャロット10g(または紫玉ねぎ)、ヌクマム20ml砂糖8g黒胡椒2g、そしてつなぎとして片栗粉大さじ1を入れ、粘りが出るまで手でよく練り混ぜます。
  2. 【成形】
    レモングラスの茎(下処理して下部15cmほどを使用)を用意します。①の肉だねを8等分し、レモングラスの茎の下部10cmに、厚さが13mm程度になるように均一に巻きつけます。表面を滑らかに整えるのが、焼きムラを防ぐポイントです。
  3. 【焼成】
    230℃に予熱した魚焼きグリル(両面焼き)に②を並べ、まず片面を4分焼きます。綺麗な焼き色がついたら裏返し、さらに3分ほど焼いて中まで火を通します。
  4. 【ピーナッツ味噌ダレ作り】
    小鍋に、味噌30gピーナッツバター20gヌクマム10ml水25ml砂糖10gを入れ、弱火にかけながら滑らかになるまでよく混ぜ合わせます。フツフツとしてきたら火から下ろし、粗熱を取ります。

ライスペーパー、たっぷりのハーブ類と共にテーブルに並べ、家族や友人と一緒に巻いて楽しんでください。
(参考文献:Nem Lui Hue (Vietnamese Lemongrass Pork Skewers) Recipe|Serious Eats

ネムルイをフエで食べるならここ

本場フエでネムルイを食べるなら、絶対に外せない名店を5つご紹介します。

店名住所予算/1人(目安)特徴
Hanh Restaurant11 Pho Duc Chinh, Phu Hoi100,000 VND観光客に絶大な人気。ネムルイを含むフエ名物セットがお得。タレはやや甘め。
Tài Phú2 Điện Biên Phủ, Vĩnh Ninh80,000 VNDローカルに愛される名店。レモングラスの香りが強く、タレは辛口派向け。
Quán Ăn Huyền Anh52/1 Kim Long, Hương Long90,000 VND香江(フォン川)沿いの風情ある店。炭火の香りが際立つ、昔ながらの味。
Bà Đỏ8 Nguyễn Bỉnh Khiêm, Phú Cát100,000 VNDネムルイだけでなく、バインベオなど他のフエ料理も絶品。家族経営の温かい雰囲気。
Quán Cây Đa102 Xuân 68, Thuận Lộc70,000 VND城壁内のローカルエリアに佇む隠れた名店。コスパが非常に高い。
(参考文献:Where to Eat the Best Nem Lụi in Hue|Vietnammm Blog

ネムルイ(Nem lụi)についてよくある質問(FAQ)

質問回答
牛肉や鶏肉で作れますか?はい、作れます。 牛肉(赤身8:脂身2の割合)で作るとよりリッチな味わいに。鶏ももひき肉で作るとヘルシーに仕上がります。ただし、豚肉よりパサつきやすいため、マリネ液にマヨネーズや卵黄を少量加えると、ジューシーさを保ちやすくなります。
レモングラスの茎が手に入らない場合の代替は?竹串で代用可能です。その際、肉だねにレモングラスパウダーを小さじ2ほど追加することで、香りの約70%は再現できます。生のレモングラスが持つ爽やかさには及びませんが、十分に雰囲気を楽しめます。
日本での通販・冷凍商品はありますか?「ネムルイ」として完成した冷凍品はまだ少ないですが、材料はオンラインのアジア食材店で揃えることができます。「生レモングラス」「ヌクマム」「ライスペーパー」などで検索してみてください。一部のベトナム料理食材専門店では、味付け済みの冷凍ひき肉が販売されていることもあります。

(参考文献:A Guide to Southeast Asian Ingredients|The Woks of Life

まとめ:香り・食感・ヘルシーさを兼ね備えたフエ名物

ネムルイは、単なる「つくね串」ではありません。それは、「レモングラスの香りを纏った豚つくね」を、「自分でハーブと共に巻いて食べる」という、三位一体の体験型グルメです。その背景には、阮朝王宮の洗練された食文化と、フエの庶民の知恵が息づいています。

歴史を知り、調理の科学を理解し、そして現地のマナーを押さえることで、あなたのネムルイ体験は、単なる食事から、文化を味わう豊かな時間へと昇華するはずです。

この記事を片手に、ぜひフエの街を訪れてみてください。そして、日本に帰ってきてあの香りが恋しくなったら、キッチンで再現に挑戦してみてください。レモングラスの爽やかな香りが、きっとあなたを再び、古都フエのあの路地裏へと連れて行ってくれるでしょう。
(参考文献:The Soul of a City: Finding Hue in a Bowl of Noodles|The New York Times