ベトナムの首都、ハノイ。
千年以上の歴史を誇るこの街は、静かな湖畔や喧騒に満ちた旧市街といった魅力的な顔を持つだけでなく、訪れる者を虜にする奥深い食文化の宝庫でもあります。
「ハノイに滞在するけれど、あまりに多くの料理があって何を食べるべきか迷ってしまう」あるいは「せっかくなら観光客向けのレストランではなく、地元の人々に愛される本物の味に出会いたい」。
ここでは、数あるハノイ料理の中から「これだけは絶対に押さえておきたい」と断言できる、珠玉のローカルグルメ5品を厳選しました。
ハノイグルメ北部ベトナム料理の特徴とは
ベトナム料理と一括りにされがちですが、その食文化は南北に長い国土の中で地域ごとに大きく異なり、ハノイが位置する北部には独自の洗練された特徴があります。
ハノイグルメの神髄を理解するための第一歩は、その味の根幹を知ることから始まります。
最大の特徴は、何と言っても「出汁のうま味」を重視する点にあります。
牛骨や鶏ガラ、豚骨などを長時間かけて丁寧に煮込んで作られるスープは、驚くほどに澄みきっていながら、その奥に滋味深いコクと香りを湛えています。
南部の料理がココナッツミルクや砂糖を多用し、甘みが強い傾向にあるのに対し、北部の味付けは塩やヌクマム(魚醤)を基本とした、甘さ控えめで塩味が効いたシャープな味わいが主流です。
この繊細な出汁文化が、フォーをはじめとする多くの麺料理の味わいを支えています。
また、料理に彩りと香りを添えるハーブ(香草)の使い方も、南部に比べて控えめです。パクチーやミント、ディルといった基本的なハーブは用いますが、その種類や量は比較的少なく、日本人にとっても馴染みやすい、素材の味を活かしたバランスの取れた料理が多いのも嬉しいポイントです。
あなたのハノイでの食体験は、より深く、豊かなものになるに違いありません。
ハノイグルメおすすめ5選①フォー・ボー/フォー・ガー(Phở bò / Phở gà)ハノイの魂、澄み切ったスープの一杯
ベトナム料理の代名詞として世界的に知られるフォーですが、その本場ハノイで味わう一杯は格別です。
牛骨をじっくり煮込んだスープの「フォー・ボー(Phở bò)」と、鶏ガラベースの優しい味わいの「フォー・ガー(Phở gà)」が二大巨頭。
その真髄は、何時間もかけてアクを丁寧に取り除きながら作られる、黄金色に澄んだスープにあります。
このスープに、つるりとした喉越しの米麺(バイン・フォー)が合わさり、シンプルながらも奥深い、完成された味わいを生み出します。
ハノイ流の楽しみ方は、まずレンゲでスープを一口すすり、出汁本来の繊細なうま味を確かめることから始まります。
次に、添えられたライムを数滴絞って爽やかな酸味を加え、お好みで生の唐辛子を少し入れてピリッとした刺激をプラス。最後に、味の輪郭をはっきりさせたい場合にのみ、卓上のヌクマム(魚醤)やチリソースをほんの少量足すのが通の食べ方です。
香草が苦手な方は、注文時に伝えれば別皿で提供してくれる店も多いので安心です。
おすすめの店
- Phở Gia Truyền Bát Đàn(フォー・ザー・チュエン・バットダン)
旧市街でその名を知らない者はいないほどの超有名店で、メニューは牛フォーのみという専門店です。 創業以来、家族に受け継がれる秘伝のスープは、クリアでありながら牛のうま味が凝縮されており、多くの地元民や観光客を惹きつけてやみません。[1] いつ訪れても長い行列ができていますが、その待ち時間さえも期待を高めるスパイスとなる、王道の一杯です。- 住所:49 Bát Đàn, Hoàn Kiếm, Hà Nội
- Phở Thìn Lò Đúc(フォーティン・ロードゥック)
伝統的なフォーとは一線を画す、独創的なスタイルで熱狂的なファンを持つ名店。この店の最大の特徴は、注文を受けてからたっぷりのネギとニンニクと共に牛肉を強火で炒め、それを麺の上に乗せるという調理法にあります。 この工程によって、スープには香ばしい風味が加わり、パンチの効いた濃厚な味わいが生まれます。あっさりとした伝統的なフォーとは対極にある、力強くも中毒性のある一杯を求めるなら、訪れる価値は十分にあります。- 住所:13 Lò Đúc, Hai Bà Trưng, Hà Nội
ハノイグルメおすすめ5選②ブンチャー(Bún chả)オバマ元大統領も愛した、炭火焼きつけ麺
ハノイ発祥の麺料理の中でも、地元民からの支持が特に厚いのがこのブンチャーです。
炭火で香ばしく焼き上げられた豚のバラ肉と、粗挽き肉で作ったつくね(チャー)を、ヌクマムベースの甘酸っぱいつけだれにたっぷりと浸し、細い米麺のブンと、ミントや紫蘇などのフレッシュなハーブ類と共に味わう料理です。
現地での正しい食べ方は、麺を一度に全てタレに入れるのではなく、箸でひと口分ずつつまみ、その都度タレにくぐらせて、肉やハーブと一緒に口に運ぶスタイル。
これにより、最後まで麺が伸びることなく、フレッシュな食感を楽しむことができます。
つけだれの味は、卓上に置かれた刻みニンニクや唐辛子、酢を加えることで、自分好みの甘さや辛さに自由に調整することが可能です。
おすすめの店
- Bún Chả Hương Liên(ブンチャー・フオンリエン)
2016年に当時のオバマ米大統領が訪れたことで世界的に有名になり、今では「ブンチャー・オバマ」の愛称で親しまれています。ブンチャー、揚げ春巻き、ハノイビールがセットになった「コンボ・オバマ」は、何を注文すれば良いか分からない観光客にとって非常に分かりやすく、初めてのブンチャー体験に最適な選択肢です。店内は清潔で広々としており、安心して食事を楽しむことができます。- 住所:24 Lê Văn Hưu, Hai Bà Trưng, Hà Nội
- Bun Cha Ta(ブンチャー・ター)
ハノイ旧市街の中心部に位置し、観光の合間に立ち寄りやすいロケーションが魅力の人気店です。ミシュランガイドのビブグルマンにも掲載されており、その味とコストパフォーマンスは折り紙付き。炭火の香りが食欲をそそるジューシーな豚肉と、バランスの取れたつけだれは、多くの観光客を唸らせています。洗練された雰囲気と安定したクオリティで、安心してハノイ名物を堪能できます。- 住所:21 Nguyễn Hữu Huân, Hoàn Kiếm, Hà Nội
ハノイグルメおすすめ5選③バインクオン(Bánh cuốn)絹のようになめらかな、ベトナム風蒸しクレープ
朝食や軽食として、ハノイの人々に深く愛されているのがバインクオンです。
これは、発酵させた米粉の生地をごく薄くのばし、蒸し器の上で一瞬で蒸し上げた、まるで絹のようになめらかな「蒸しクレープ」。
その繊細な生地で、味付けした豚のひき肉と刻んだキクラゲを優しく包み込みます。
食べる際には、カリカリに揚げたエシャロットや、ベトナム風のハム(チャールア)を添え、ヌクマムベースの甘酸っぱくさっぱりとしたタレにくぐらせていただきます。
そのつるりとした喉越しと優しい味わいは、食欲がない朝でもすんなりと体に染み渡り、一日を穏やかにスタートさせてくれます。
小腹が空いた時のおやつとしても最適です。
おすすめの店
- Bánh Cuốn Bà Hoành(バインクオン・バーホアン)
ミシュランガイドにも掲載されたことで、地元民だけでなく観光客からも注目を集める人気店です。この店の最大の魅力は、注文が入ってから一枚一枚丁寧に生地を蒸し上げること。 できたての熱々で、とろけるような食感のバインクオンはまさに絶品です。手頃な価格設定も人気の理由の一つで、気軽に本物の味を楽しむことができます。- 住所:66 Tô Hiến Thành, Hoàn Kiếm, Hà Nội
- Bánh Cuốn Gia Truyền(バインクオン・ザー・チュエン)
「Gia Truyền」とは「家伝」や「秘伝」を意味し、その名の通り、代々受け継がれてきた伝統的な製法を守る店として知られています。旧市街エリアにあり、地元客で賑わうローカルな雰囲気が魅力です。目の前で手際よく作られるバインクオンは、まさに職人技。薄くてもちもちとした生地と、しっかりとした味付けの具材のバランスが絶妙で、多くのリピーターを生んでいます。- 住所:旧市街エリアに複数店舗あり
ハノイグルメおすすめ5選④チャーカー・ラーボン(Chả cá Lã Vọng)ハノイを代表する、エンターテイメント性溢れる魚料理
ハノイを訪れたなら一度は体験したい、少し贅沢で特別な料理がチャーカー・ラーボンです。これは、ターメリックやガランガルなどのスパイスで下味をつけた白身魚(主に雷魚)の切り身を、たっぷりの油が入った鍋で揚げ焼きにする、ハノイを代表する名物料理。テーブルの上で鍋を温め、そこに大量のディルと青ネギを投入し、香りが立ったところをいただくという、エンターテイメント性に溢れた一品です。 食べる際には、お椀に米麺のブン、炒ったピーナッツ、香草を取り、その上に熱々の魚とディル、ネギを乗せ、好みでマムトム(発酵させたエビのペースト)やヌクマムをかけて混ぜ合わせます。香ばしい魚の風味、ディルの独特な香り、ピーナッツの食感が一体となった複雑で豊かな味わいは、他では決して体験できないハノイならではの味覚です。
おすすめの店
- Chả Cá Lã Vọng(チャーカー・ラーボン本家)
1871年創業、この料理の発祥とされる伝説的な老舗です。店の名前が通りの名前(チャーカー通り)になったほどの影響力を持つ、まさに聖地とも言える存在。 メニューはこのチャーカー・ラーボン一品のみという潔さで、150年以上にわたって受け継がれてきた伝統の味を守り続けています。価格は他のローカルフードに比べて高めですが、その歴史と雰囲気を味わうという体験を含め、訪れる価値は計り知れません。- 住所:14 Chả Cá, Hoàn Kiếm, Hà Nội[
- Chả Cá Thăng Long(チャーカー・タンロン)
ミシュランガイドのビブグルマンにも掲載されている実力店で、観光客にも非常に人気があります。老舗の味を踏襲しつつも、より洗練されたサービスと清潔な店内で、初めてチャーカーを体験する人でも安心して楽しむことができます。本家に比べてコストパフォーマンスが高いと評価されており、気軽にハノイの高級料理を味わいたい場合に最適な選択肢です。- 住所:6B Dương Thành, Hoàn Kiếm, Hà Nội
ハノイグルメおすすめ5選⑤ブン・ターン/ブン・カー日常に溶け込む、通好みのローカル麺
ハノイの食の奥深さは、有名料理だけにとどまりません。
観光客向けのレストランではあまり見かけないけれど、地元の人々の日常に深く根付いている麺料理を知ることで、あなたの食体験はさらに豊かなものになります。
その代表格が「ブン・ターン(Bún thang)」と「ブン・カー(Bún cá)」です。
ブン・ターンは、鶏ガラベースの非常に澄んだ上品なスープに、細く割いた鶏ささみ、錦糸卵、ベトナムハム、干しエビなどを彩りよく盛り付けた、見た目にも美しい一杯。
あっさりとしながらも複雑なうま味があり、ハノイの繊細な味覚の真髄を感じさせます。
一方のブン・カーは、魚の出汁が効いた、トマト由来の爽やかな酸味が特徴のスープに、カリッと揚げた魚のすり身や切り身が乗った麺料理。食欲がない時でもさっぱりと食べられる、地元で人気の日常食です。
どちらもフォーやブンチャーに比べると優しく軽やかな味わいで、朝食やランチにぴったりです。
おすすめの店
- Bún Thang Bà Đức(ブンターン・バードゥック)
ブン・ターンの専門店として、旧市街の中心部で長年営業している有名店です。ホアンキエム湖からも近く、アクセスも良好。鶏のうま味が凝縮された透明なスープと、丁寧に下ごしらえされた繊細な具材のハーモニーは、まさに芸術品。ハノイの洗練された食文化を体験したいなら、ぜひ訪れてみてください。- 住所:48 Cầu Gỗ, Hoàn Kiếm, Hà Nội
- ブン・カー(Bún cá)の店
ブン・カーには、観光客に広く知られた特定の超有名店というものは少なく、むしろ街の至る所にあるローカルな食堂でこそ、その真価が発揮されます。滞在しているホテルの周辺を散策し、「Bún cá」と書かれた看板を探してみてください。地元の人々で賑わっている店を見つけたら、勇気を出して入ってみましょう。そこには、ガイドブックには載っていない、ハノイの本当の日常の味が待っているはずです。
衛生面で心に留めておきたいポイント
ハノイの豊かな食文化を心から楽しむためには、自分の体調を管理し、衛生面で少しだけ注意を払うことが大切です。
過度に心配する必要はありませんが、以下のポイントを心に留めておくだけで、より安心して食事を楽しむことができます。
まず、胃腸に自信がない方や、滞在して間もない時期は、「生野菜や氷を避け、加熱された料理を中心に選ぶ」のが賢明です。ブンチャーなどに添えられる大量のハーブ類や、ドリンクに入っている氷は、現地の水に慣れていない体には負担となる可能性があります。まずはフォーや炒め物など、完全に火が通った料理から試し、徐々に体を慣らしていくのが良いでしょう。
次に、「卓上の調味料や食器の状態をさりげなく確認する」習慣をつけることです。テーブルに置かれている唐辛子の入ったお酢やニンニク、チリソースなどが、清潔に保たれているか、蓋がきちんと閉まっているかをチェックしましょう。また、箸やレンゲに汚れが気になる場合は、ティッシュペーパーで拭いてから使うと安心です。もし、何か違和感を覚えた場合は、無理してその店で食事をする必要はありません。自分の直感を信じることも大切です。
ハノイグルメ シーン別の理想的な組み立て方
ハノイの食文化は、一日のリズムに沿って楽しむことで、その魅力を最大限に感じることができます。ここでは、朝、昼、夜というシーン別に、おすすめの食事の組み立て方を提案します。
朝:優しく、温かい一杯で一日をスタート
ハノイの朝は、熱々のスープ料理で穏やかに始めるのが定番です。澄んだスープが体に染み渡る「フォー」や、つるりとした喉越しが心地よい「バインクオン」は、まだ眠っている胃を優しく目覚めさせてくれます。これらの軽めの麺料理や蒸し料理で、エネルギーを静かにチャージしましょう。
昼:しっかり食べて、午後の観光へ
日中の活動で消費したエネルギーを補給するランチには、食べ応えのある一品を選びましょう。炭火焼きの豚肉が食欲をそそる「ブンチャー」や、具沢山で満足度の高い「ブン・ターン」などが最適です。しっかりとした味わいの料理で、午後の観光を楽しむための活力を満たしましょう。
夜:ゆったりと、あるいは賑やかにハノイの夜を楽しむ
夜の過ごし方は二通り。もし友人や家族とゆったりとした食事を楽しみたいなら、「チャーカー・ラーボン」のようにテーブルで調理しながら時間をかけて味わう料理がおすすめです。一方、ハノイの夜の活気を肌で感じたいなら、旧市街のビアホイ(ビアホール)や屋台を巡り、揚げ春巻きや焼き鳥など、軽いおつまみ系の料理を少しずつつまむのも楽しい過ごし方です。
よくある質問(FAQ):ハノイグルメの素朴な疑問
ハノイでの食事を前に、多くの旅行者が抱くであろう共通の疑問にお答えします。
Q. 香草(パクチーなど)が苦手でも楽しめますか?
A. はい、十分に楽しめます。フォーやブンチャーなど、多くの料理では香草は別皿で提供されるか、注文時に抜いてもらうことが可能です。「Ít rau thơm(イッ ザウ トム)=香草少なめ」や「Không rau thơm(コン ザウ トム)=香草なし」と伝えましょう。香草を使わない料理もたくさんあるので、心配は不要です。
Q. 辛いものが苦手です。おすすめの料理はありますか?
A. ハノイの料理は、南部に比べて辛さがマイルドなものが基本です。特にフォーやバインクオン、ブン・ターンなどは辛くない料理の代表格です。ブンチャーのつけだれも辛くありません。辛さは、自分で卓上の唐辛子やチリソースを加えて調整するスタイルがほとんどなので、辛いものが苦手な方にとっては非常に過ごしやすい食環境と言えます。
Q. 子ども連れで入りやすい店のタイプはありますか?
A. 小さな子ども連れの場合は、路上に低いプラスチック椅子を並べるような店よりも、室内にしっかりとしたテーブル席がある食堂や、カフェが併設されているような清潔感のあるレストランを選ぶと安心です。本記事で紹介した「Bún Chả Hương Liên」や「Chả Cá Thăng Long」などは、比較的広々としており、家族連れにもおすすめです。
【まとめ】ハノイの美味は、一歩踏み出す勇気の先にある
ハノイのローカルグルメの世界は、繊細な出汁のうま味と、それを引き立てるハーブの香りが織りなす、奥深くもどこか懐かしい魅力に満ちています。
一見、ローカルな店の佇まいに気圧されてしまうかもしれませんが、本記事で紹介した代表的な料理の知識と、店選びや注文の小さなコツさえ押さえておけば、初めてのハノイ旅行でも、その食文化の神髄を十分に楽しむことができるはずです。
大切なのは、完璧を目指すことではなく、まずは一歩踏み出してみること。
ハノイの街角で、あなたを待つ未知なる美味との出会いを楽しんでください。