エスニック料理の心臓部ともいえる調味料、ナンプラー(参考文献:レッドボート、40 N、魚醤|U.S. Department of Agriculture)
独特の香りと深い旨味は、ベトナム料理に欠かせない存在です。
しかし、「少しだけ使いたいのに、ボトルを一本買うのは…」「切らしてしまった!」という経験はありませんか?
この記事では、そんな時に役立つナンプラーの代用アイデアを徹底的に解説します。
ナンプラーとは何か?

ナンプラーの代用を考える前に、まずはナンプラーそのものの正体を理解することが成功への近道です。
ナンプラーはタイを代表する調味料で、日本語では魚醤(ぎょしょう)と呼ばれます。
その魅力は「香り」「塩味」「うま味」という三位一体の絶妙なバランスにあります。
発酵魚醤の製法と歴史
ナンプラーの主な原材料は、カタクチイワシなどの小魚と塩のみです。これらを大きな樽に漬け込み、数ヶ月から2年以上の歳月をかけてじっくりと発酵・熟成させます。この過程で魚のタンパク質が分解され、ナンプラー特有の風味と旨味成分が凝縮された液体が生まれるのです。魚醤の歴史は古く、古代ローマで作られていた「ガルム」も同様の製法であり、人類が古くから魚介の発酵調味料を活用してきたことがうかがえます。
グルタミン酸とイノシン酸が生む「あと引く旨味」
ナンプラーの「あと引く旨味」の秘密は、科学的に説明できます。発酵によって魚のタンパク質が分解されると、うま味成分の代表格であるアミノ酸の一種「グルタミン酸」が大量に生成されます。さらに、魚自身が持つ核酸系のうま味成分「イノシン酸」も豊富に含まれています。これら二つの異なるうま味成分が合わさることで、味に奥行きと複雑さが生まれ、単なる塩味だけではない、忘れがたい風味を醸し出すのです。
ナンプラーと日本の醤油・魚醤の塩分比較
ナンプラーを代用する際に注意したいのが塩分です。一般的なナンプラーの塩分濃度は20~25%程度と、濃口醤油(約16%)や薄口醤油(約18%)よりも高めです。また、同じ魚醤である秋田の「しょっつる」や能登の「いしる」も、製品によりますが塩分濃度はナンプラーと同等かそれ以上の場合が多いです。代用する際は、この塩分濃度の違いを意識して量を調整することが、しょっぱくなりすぎる失敗を防ぐ鍵となります。
(参考文献:魚醤(うおびしお)の魅力と使い方|ヒガシマル醤油, 世界のしょうゆ|キッコーマン国際食文化研究センター)
ナンプラー代用を成功させる3つの視点

ナンプラーの味を家庭で再現するには、その構成要素を分解し、それぞれを補うというアプローチが有効です。
代用を成功させる鍵は、「魚介由来の香り」「強めの塩味」「発酵系うま味」という3つの視点を意識することにあります。
これらをバランス良く組み合わせることで、驚くほどナンプラーに近い風味を作り出すことが可能です。
魚介由来の香りを補う
ナンプラーの最も特徴的な要素は、魚が発酵して生まれる独特の香りです。この香りを再現するためには、同じく魚介を原料とする食材が役立ちます。例えば、アンチョビやオイルサーディン、日本の食卓でおなじみの塩辛やしらす干し、煮干しなどが有効です。これらの魚介の風味をプラスすることで、一気にエスニックな雰囲気が生まれます。
強めの塩味を再現する
前述の通り、ナンプラーは醤油よりも塩味が強い調味料です。そのため、代用する際は単に醤油を同量入れるだけでは味がぼやけてしまいがちです。醤油をベースにする場合は、少し多めの量を使うか、塩を少量加えて塩分を補強する必要があります。特に、炒め物など加熱する料理では味が飛びやすいため、しっかりとした塩味をつけることが全体の味を引き締めるポイントになります。
発酵系うま味を追加する
ナンプラーの深いコクと旨味は、発酵過程の産物です。この「発酵系うま味」を補うためには、同じ発酵調味料である味噌や、熟成したチーズなどが使えます。また、醤油自体も発酵調味料であり、特にアミノ酸が豊富な「たまり醤油」や、昆布や干し椎茸といったグルタミン酸やグアニル酸を多く含む「だし」の力を借りることで、複雑なうま味を再現することができます。
(参考文献:ナンプラーがないときの代用品9選!料理家がすすめる黄金比も|macaroni)
ナンプラー代用調味料カテゴリー別ガイド

それでは、具体的にどのような調味料でナンプラーを代用できるのか、カテゴリー別に見ていきましょう。
手軽さ、香りの近さ、入手のしやすさなど、状況に応じて最適なものを選んでください。
魚醤系:いしる・しょっつる・ガルム――同量置き換えで最も手軽
最も手軽で間違いのない代用方法は、同じ魚醤を使うことです。秋田の「しょっつる」や、能登の「いしる」、イタリア料理で使われる「コラトゥーラ(ガルムの系譜を継ぐ調味料)」などが挙げられます。これらは主原料の魚や製法がナンプラーと近いため、レシピにあるナンプラーと同量で置き換えるだけで、非常に近い風味を再現できます。ただし、原料の魚(しょっつるはハタハタ、いしるはイカやイワシなど)によって香りのニュアンスが異なるため、その違いを楽しむのも一興です。アジア食材店だけでなく、近年ではこだわりの食料品店や百貨店でも手に入ります。
発酵加工品系:アンチョビ+薄口醤油+レモン汁――香りの近似率が高い
香りの再現性を重視するなら、アンチョビを使ったブレンドが非常におすすめです。カタクチイワシを塩漬けにして発酵・熟成させたアンチョビは、ナンプラーと香りの質が非常に似ています。アンチョビのフィレ1枚を細かく刻んでペースト状にし、薄口醤油小さじ2、レモン汁小さじ1/2を混ぜ合わせれば、ナンプラー大さじ1に相当する本格的な代用調味料が完成します。薄口醤油を使うことで、料理の色を濃くしすぎずに塩味を補えるのがポイントです。
塩辛・しらす干し+醤油――家庭の冷蔵庫にある材料で即席ブレンド
「今すぐ必要!」という時に頼りになるのが、冷蔵庫にある食材での代用です。イカの塩辛は、ワタの部分が持つ濃厚な発酵系の旨味と塩分がナンプラーの代用にぴったり。塩辛小さじ1/2を包丁でよく叩き、醤油小さじ2と混ぜるだけで、即席の魚醤風調味料になります。また、塩分のあるしらす干しを少量、醤油と混ぜて使うのも良いでしょう。魚介の風味と塩気を手軽にプラスできます。ただし、塩辛やしらすは具材感が残るため、スープやソースなど、よく混ぜ合わせる料理に向いています。
ヴィーガン対応:昆布だし+干し椎茸+醤油+麦味噌――動物由来ゼロでもコクを付与
動物性食材を一切使わずにナンプラーの風味を再現するのは挑戦的ですが、可能です。ポイントは、植物性のうま味成分を重ね合わせること。昆布(グルタミン酸)と干し椎茸(グアニル酸)で取った濃いめの出汁に、醤油で塩味と発酵の香りを、そして麦味噌をほんの少し加えることで、動物性由来とは異なる、穏やかで深いコクを付与できます。麦味噌の代わりに醤油麹や塩麹を使っても良いでしょう。これにより、ヴィーガン料理でも物足りなさを感じさせない、深みのあるエスニック風味を構築できます。
(参考文献:【料理家直伝】ナンプラーの代用アイデア9選。身近な調味料で本格的な味わいに!|Nadia)
料理ジャンル別ベストマッチ表
代用調味料は、作る料理によって最適な組み合わせが異なります。
ここでは「炒め物」「スープ」「サラダ&ディップ」の3つのジャンルに分け、それぞれに最も適した代用方法を紹介します。
料理ジャンル | 推奨代用 | 味の調整ポイント |
炒め物<br>(ガパオ、チャーハン等) | 醤油+オイスターソース | ナンプラー大さじ1に対し、醤油小さじ2+オイスターソース小さじ1が目安。オイスターソースの甘みを考慮し、レシピの砂糖は控えめに。香りが飛びやすいため、仕上げに加えるのがおすすめです。 |
スープ<br>(トムヤム風、フォー等) | しょっつる or アンチョビ+薄口醤油 | 香りが命のスープには、同じ魚醤である「しょっつる」が最適。ほぼ同量で置き換え可能です。ない場合は「アンチョビ+薄口醤油+レモン汁」のブレンドを。レモンの酸味がスープの爽やかさを引き立てます。 |
サラダ&ディップ<br>(ヤムウンセン、生春巻きソース等) | 薄口醤油+レモン汁+(お好みで)砂糖 | 生で使うソース類は、生臭さが出にくい組み合わせが理想です。ナンプラー大さじ1に対し、薄口醤油小さじ2+レモン汁小さじ1を基本に、お好みで砂糖を少々加えて甘みと酸味のバランスを整えます。魚介の香りがなくても、酸味と塩味で十分エスニック風の味わいになります。 |
(参考文献:ナンプラーの代わりになる調味料6選!醤油や身近なものでできる!|DELISH KITCHEN)
自家製“和風ナンプラー”の作り置きレシピ
ナンプラーを頻繁に使うわけではないけれど、いざという時に備えておきたい、という方には自家製の「和風ナンプラー」の作り置きがおすすめです。
日本の家庭で手に入りやすい材料だけで、驚くほど本格的な魚醤風調味料を作ることができます。
材料選定:煮干し・昆布・薄口醤油・米酢
自家製和風ナンプラーの材料は、うま味の宝庫である日本の乾物と発酵調味料です。まず、魚のイノシン酸を供給する「煮干し」。頭とワタは苦味の原因になるので丁寧に取り除きます。次に、植物性グルタミン酸の代表「昆布」。そしてベースとなる塩味と大豆のうま味を担う「薄口醤油」。最後に、風味を引き締め、保存性を高める「米酢」を少量加えます。これらの材料が、それぞれのうま味と香りを放ちながら、一つの調和した味へとまとまっていきます。
48時間発酵で旨味を引き出す手順
作り方は非常にシンプルです。清潔な蓋付きのガラス瓶に、下処理をした煮干し10g、昆布5gを入れ、薄口醤油200mlと米酢小さじ1を注ぎ入れます。蓋をしっかりと閉め、冷蔵庫で最低48時間、できれば1週間ほど寝かせます。時間が経つにつれて醤油の色が濃くなり、煮干しと昆布のうま味成分がじっくりと液体に溶け出していきます。時々瓶を優しく振ってあげると、より均一に味が馴染みます。
冷蔵保存の期限と安全性
完成した和風ナンプラーは、必ず冷蔵庫で保存してください。醤油と酢の力である程度の保存は効きますが、自家製のため、1ヶ月程度を目安に使い切るのが安全です。使用する際は、都度清潔なスプーンを使うなど、雑菌が入らないように注意しましょう。時間が経つほどに熟成が進み、よりまろやかで深い味わいへと変化していく過程も楽しめます。
(参考文献:自家製「魚醤」の作り方。イワシやサンマ、どんな魚でも作れる!|dressing)
市販の代替品レビューとコスパ比較
ナンプラーの代用を考える際、他の市販調味料が選択肢に上がることも多いでしょう。
ここでは、代表的な代替品の特徴と、使用する上でのポイントを比較します。
タイブランド魚醤 vs 日本産魚醤――小売価格・塩分・香りの実測
スーパーのアジア食材コーナーで見かけるタイブランドのナンプラーは、70mlの小瓶で200円前後から、大容量のものでも比較的手頃な価格で販売されています。一方、日本産の魚醤(しょっつる、いしる等)は、職人による伝統製法で作られているものが多く、100mlで800円前後からと、やや高価な傾向にあります。香りは、タイ産ナンプラーが軽やかでシャープな発酵香であるのに対し、日本産魚醤はより原料魚の個性が立った、まろやかで複雑な香りが特徴です。塩分濃度はどちらも高めですが、料理によって使い分けることで、より本格的な味の探求ができます。
アジアン万能ソース(オイスターソース・オイスター&シュリンプペースト)の特徴
オイスターソースは、ナンプラーと同じくエスニック料理で多用されるため、代用品として考えられがちです。牡蠣のうま味が凝縮されており、代用は可能ですが、ナンプラーにはない「強い甘み」と「とろみ」がある点に注意が必要です。オイスターソースで代用する場合は、レシピに加えられる砂糖やみりんの量を減らす調整が不可欠です。また、エビを発酵させたシュリンプペーストも代用候補ですが、これはナンプラー以上に香りが強く、少量で非常に濃厚な風味が出るため、ごく僅かな量から試すのが賢明です。
(参考文献:オイスターソースとナンプラーの違いとは?代用方法も解説!|クラシル)
ナンプラーの代用に関するよくある質問Q&A
ナンプラーとその代用に関する、細かな疑問についてお答えします。
Q1.ナンプラーとヌクマムの違いは?
ナンプラーはタイの魚醤、ヌクマムはベトナムの魚醤を指します。基本的には同じ魚醤ですが、製造メーカーや地域によって風味や塩分濃度に違いがあります。一般的に、ヌクマムの方がナンプラーに比べて香りが穏やかで、うま味が強いと感じる人もいます。しかし、料理に使う上ではほぼ同様に扱うことができ、相互に代用が可能です。
Q2.魚臭さを抑えるコツは?
ナンプラーの魚特有の香りが苦手な場合、それを和らげる工夫があります。最も効果的なのは、レモンやライムの果汁、すりおろしたショウガやニンニク、刻んだ唐辛子などを一緒に加えることです。これらの香味野菜や柑橘類の爽やかな香りが、魚の発酵臭をマスキングし、全体の風味を引き締めてくれます。加熱する料理に使うと、香りが和らぎ、うま味だけを効果的に活かすことができます。
Q3.子ども向け料理での塩分調整は?
ナンプラーやその代用調味料は塩分が高いため、小さなお子様向けの料理に使う際は注意が必要です。まず、レシピの分量よりも少なめに使うことを心がけましょう。そして、減らした塩分を補うために、きのこや昆布などの出汁のうま味を効かせたり、リンゴジュースやみりんなどで自然な甘みを足して味をまろやかにしたりするのがおすすめです。これにより、塩分を抑えつつも、物足りなさを感じさせない味に仕上げることができます。
(参考文献:「ナンプラー」とは?味や匂い、おすすめの使い方を解説!|オリーブオイルをひとまわし)
まとめ:味の要素を押さえれば代用は無限に広がる
ナンプラーがないからといって、エスニック料理を諦める必要は全くありません。
ナンプラーの味の核心が「魚介の香り」「強い塩味」「発酵のうま味」という3つの要素の組み合わせであることを理解すれば、代用の可能性は無限に広がります。
しょっぱさ、香り、コク、それぞれの要素をパズルのように組み合わせる感覚で、ぜひあなただけのオリジナル代用ナンプラー作りを楽しんでみてください。